メッセージ

2004年10月9日

しばらく書き換えていなかったので時々見てくれている方には申し訳なく思っております。今年の夏はいろんなところで個展をして気がついたら9月になっていました。そんな忙しすぎた夏の後、エールフランスのミッドナイトフライトに乗り巴里経由でリビエラの方へ行って来ました。ニースの飛行場で借りたレンタカーでまずはヴァンスの端にあるバスタード・デ・ゾリビエという民宿まで行き旅の荷を解きました。
名前の通り大きなオリーブの樹が生い茂り広い敷地内には様々な植物が花を咲かせ物音は鳥の鳴き声だけ。時がゆっくり流れ東京と同じ星にいるとは思えません。昨年見逃したアンリ・マチスの教会を見ました。一筆書きのような線で描かれたマリアとクリスト、イエスの生涯のデッサンに命の樹のステンドグラスからこぼれる光が映り信者でなくとも聖なる気分になります。翌日はアンチィーブの旧市街を歩きました。市場の魚屋で聞いた“海栗”と名前のついたレストランで鰯の塩焼き生牡蠣など楽しみましたが漁師町なので新鮮で安い。ピカソ美術館があるので行って見ました。ちょうどアルトァングの展示をしていて20世紀中期にフランスで流行ったアンフォルメルの黒い画面が美しく懐かしかった。建物の立地が良く窓からはすぐ下に紺碧の地中海が見えます。ピカソの皿もなかなか楽しくここでの彼の生活が想像できます。
夕方、リビエラ海岸沿いの道を走り、ビルフランシュ、エズ、モナコなどを通過して地中海の夕暮れを楽しみながら国境の町マントンに到着しました。正面に大きなカジノがあるヴェルダン大通りの駅寄りにある小さなホテルに宿を取り、翌朝宿のすぐ前の朝市を覗くとさすが海辺の町海産物と果物の豊富さに驚きました。マントンと言えばジャン・コクトー、市庁舎・結婚の間の壁画とコクトー美術館を見て、何故彼はこの町が気に入ったのだろうかと思いました。世紀末からベルエポック、気まぐれな貴族や資産家が集まり毎夜宴を催しにぎやかな町だったからだろうか・・・。それだけならモナコやニースでしょう。多分この町の持つ異国的な顔と光り輝くリビエラなのになぜか物悲しい香りが彼を引きつけたような気がします。旧市街にある市場は露天ではなく屋内、香辛料と果物の混ざった香りが立ち込めて楽しくなりハーブを何種類か買いました。昼から海岸線を東へ走り今は無人となった国境を越えイタリアへ入りました。バンテミィリアはローマ人の開いた古い町で鷹巣村の旧市街があります。町を歩くとマントンからほんの30分ほど来ただけなのに確かにイタリアです。町のレストランのパスタもフランスのそれとは違いしっかり腰がありピッツアの生地もむっちりしています。レストランで食後酒としてレモンのリキュールが出てきました。
カフェにはパスティスでしょうかウイキョウの香りがしました。夜マントンに戻り翌朝オートルートでニースへ。この町のメインストリート、ジャン・メディシャン大通りには異常に靴屋が多いのです。歩くうちに妻の靴が見つかりました。カフェでサラダニソワーズを食し少しだけニースの風を浴びた後ニース・コートダジュール空港へ。この後巴里へ入り旧知の友人と会ったりルーブルを歩いたりして2週間足らずの小さな休暇を楽しんできました。
欧米の人たちの様に1ヶ月もゆっくり出来ませんが日常と違う所でのんびりすると今まで気がつかなかった事を感じる事が出来ます。僕のこれからの仕事にも何か変化があると思います。さて急なお知らせなのですが10月14日−26日玉川高島屋S・C本館R階ルーフギャラリー(03−3709−2222)で個展を開きます。今回の旅行でスケッチしてきた水彩も少し展示しますのでお時間があればいらして下さい。では台風がまた接近している様ですがこの後はすっきりとした秋晴れとなるはず。美しい日本の秋を楽しみましょう。

                  笠井 正博

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