メッセージ

2012年11月5日

金木犀の甘い香りも終わり木々が色づき始めました。
考えてみれば一か月前はまだ暑さが残りTシャツで過ごしていたような気がします。 今年の夏はいつになく長く厳しいものがありました。 さて随分遅れましたが今年も暑い中を各地の展覧会へ足を運んで下さった皆さんありがとうございました。

展覧会が全て終了した後エディルネというトルコのブルガリヤ国境に位置する古い町へ行ってきました。 目的はミマール・シナンの制作した巨大なジャーミー(モスク)を見る事。 エディルネ、古くはアドリアナポリスと呼ばれコンスタンチノープル陥落前オスマントルコの都だったところです。 今は一地方都市になっていますがローマ時代から人が暮らし最近では西側からのトルコ最初の街として栄えオリエント急行の停車駅でもありました。

僕はイスタンブールから雄大な田園風景の中を高速バスで二時間半走りエディルネに到着しました。 街の小高い丘の上にそのセリミエ・ジャーミーは建っています。16世紀オスマントルコがコンスタンチノープルを陥落させた後 ビザンチンの教会であったアヤソフィアよりも大きいジャーミーを作るように指示された建築家ミマール・シナンが苦労の末に建てた建築がこれです。 そのドームの大きさは,僅かですがアヤソフィアより大きく、計算されつくした光やモザイクは大きな宇宙を感じます。 偶像を排除した幾何学模様だけの空間は静寂が漂い神の存在が強く意識されドームの中で座っていると呼吸が深くなり鼓動がゆっくりになるのを感じます。

嘗てこのジャーミーがあった場所は一面のチューリップ畑だったそうです。その持ち主であった老婆は国王の命令に従うのを嫌い土地を手放すのを嫌がりました。 しかしシナンが「私がこの土地を歴史の中で有名な場所の一つにしてあげるから譲りなさい。」と老婆を説得したという話があります。 ドーム内部の柱の裏にある逆さのチューリップのレリーフはその事のメモリアルだと言われています。

トルコの東部カッパドキアでキリスト教徒として幼年時代を過ごしたシナンがイスラム教に改宗してイエニチェリとなり建築家として成功して最後に成し遂げた神の館が このセリミエ・ジャーミーだったのです。街の中心部には彼の立派な銅像が立っています。昔はもっと賑わいがあったのでしょうが今は静かな田舎の町で ぶどう棚の下で食べたトルコ料理も素朴で自然な味がしました。

二回目のトルコは前回よりもリラックスして楽しめ前には見えなかった物が見えたような気がします。 トルコにはバザールという大きな市場があります。多分何百年も前から様々な国の人々が集まり賑わっていた場所です。 ここでは値段の駆け引きがゲームのように行われ言い値で買うことはまずありません。しかし僕も含めて日本人はこの交渉があまり上手くないようです。 他の人のやり取りを見ていると相手の利益も考えつつ自分もいくらかは得をしたいといった落とし所を両者が探っているように見えます。 個人対個人ですから遊びのようなものですが国家間の交渉も同じように思えます。

日本は世界でも特異な島国で建国以来ほとんど鎖国をしていたようなところです。 古くは遣唐使で海外文化を吸収したり僅かながら中国と貿易の真似ごとをしたものの庶民レベルでの国際交流はほぼなかったと言って良いでしょう。 そんな国だから他国の人と交渉するのは不得手です。いつも多くの国と国境を接している大陸の国々とは交渉能力が違います。 今問題になっている対韓国、中国との領土問題ももう少しうまい方法があるように思えますがやはり日本政府のやり方はもどかしい気がします。

トルコの後巴里によって古い友人たちと話をしてきました。毎年彼らと年末に行っている展覧会が今年で30周年だというのでその打ち合わせもありました。 初めて巴里に住んでからもう30年の月日が流れたのだと思うと色々な事が頭に浮かびました。 彼らと話していると気分は若い時に戻り今の現実を忘れてしまいますが友の髪や顔を見ると(勿論自分も)時間の経過は否めません。

巴里の街は多少の変化はあるものの30年前と大きな変化はありません。長い散歩道に句読点を打つように存在するキャフェ、良く通ったビストロ、クスクス屋 量り売りのワイン屋、画材屋・・・、昔のままで残っています。そんな店に入りそこの匂いを吸い込むと一瞬時空を超えた気分になります。 巴里で過ごした4年足らずの間に随分沢山の物をこの町から貰い、その御蔭で何とか絵描きとして暮らせてこれたと思っています。 街の持つ力、人も植物と同じように生きる土地から様々な栄養をもらい大きくなるのだと思います。

現在は今まで続けてきた「祈り」シリーズを更に展開させていこうと色々描いています。 来年は夏に養清堂画廊での個展が決まっているのでそこで新しい作品を見てもらえると思います。 これから寒い季節に向かいます。皆様風邪に気を付けてお過ごしください。

                            笠井正博

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